~ おやすみなさい ~ 2









日向家では長女と三男が母親と同じ部屋で就寝し、長男と次男が子供部屋に布団を敷いて寝ている。

小次郎が子供部屋の扉を開けると、とうに寝たと思っていた尊が布団の上に座って本を読んでいた。

「尊。お前、まだ起きてたのか」
「うん。この本、図書室から借りたんだけど、読み終わったら新しいの借りられるから」

だから、読んじゃいたかったんだ・・・そう言いながらも、尊は眠そうに目をしばたたかせた。

尊は小学一年生にして既に本の虫だった。小次郎からすると、本を読むよりも外を走った方がよほど楽しいのに、と思う。兄弟って不思議だな、とも。同じ家で育ったのに、好きな食べ物も趣味も全く違う。

だが本好きなだけあって、尊は1年生にしては言葉も知っているし、物事を理解するのも早かった。きっと勉強ができるようになるぞ、と母親も小次郎も期待している。
だけど、それはそれ。小さい子供はもう眠らなくてはいけない時間だ。

「尊。そんなに本ばかり読んでいると、目を悪くするぞ」
「そうだね。眼鏡を買うようになったら大変だもんね。高いもんね」
「ばか。お前のことを心配してるんだ」
「・・・うん。ごめんなさい。ありがとう」

小次郎がその鼻をつまんで軽く叱ると、尊は素直に謝った。それから電気を消して布団に潜り込んだ小次郎に、同じように布団にくるまってモソモソとすり寄ってくる。

「兄ちゃん」
「うん?どうした?」
「兄ちゃん。・・・にいちゃん」

甘えるように体を寄せてくる弟を、小次郎はやさしく抱き込んでその背中をトントンと叩いてやる。

たまにこうして、尊が小次郎にしがみついて離れないことがある。それは母親や勝たちのいない、小次郎と二人きりの時に限られていたけれど、そんな時は小次郎は尊が満足して自分から離れていくまで好きなようにさせていた。

「にいちゃん・・・大好き」

母親が自分を甘えさせるように、自分が尊を甘えさせる。普段は年齢から見てもしっかりし過ぎているくらいの弟に、小次郎はそうしてやりたかった。まだまだ自分に比べれば幼い子供なのだ。

「兄ちゃん。ずっといてね。いなくならないでね」
「当たり前だろ。他に行くとこもねえよ」
「・・・だよね。そうだよね」

背中を叩いてあやし続けていたら少し落ち着いたのか、尊から笑顔も見られるようになった。

「兄ちゃん、おやすみね」
「ああ、おやすみ」

尊がおやすみの挨拶として頬にキスしてくるのを、小次郎はいつものように受け入れた。兄弟間のこの習慣は、何も直子や勝から始まったものではない。元はと言えば、物心つくかつかないかの頃の尊から始まったのだ。
だからいつものように小次郎からも尊の頬にキスを返そうとする。だが尊の手が伸びてきて、顔の向きをグイ、と変えられ・・・

ちゅ、と唇にキスをされた。

「・・・!」
「おやすみなさい。兄ちゃん、大好きだよ」

更にギューと抱き付かれ、小次郎の首筋に尊の息がかかる。

小次郎が固まっていると、間もなく尊の腕から力が抜けていくのが分かる。呼吸も睡眠中のそれに変わり、すっかり寝入ったようだった。

(・・・兄弟であっても、口と口のキスは無いよなあ・・・。あれ?有るのか?・・ん?無い?)

父親がいないからか、尊も直子も勝も随分と自分を慕ってくれ、ブラコンが過ぎるということは他人に言われるまでもなく分かっている。自分だって十分にブラコンでシスコンだとも自覚している。だって小さな弟妹たちが可愛くて仕方が無い。

だけどマウス・トゥ・マウスは日本人の兄弟では無いだろう・・・と思う。とはいえ、あまり自分の常識が当てにならないことも承知しているので、小次郎は少しの間考え込んだ。

(・・・まあ、いいか)

別にイヤって訳でもないし、もう眠いし。・・・たまたまぶつかったのかもしれないし          



小次郎は一日の疲れもあって、それ以上考えることを放棄し、睡魔にいざなわれるままに目を閉じる。そうすればあっという間に、夢の世界の住人だった。









それから30分後。
母親が子供部屋を覗くと、兄の上に乗り上げた次男と、弟を抱えて少し窮屈そうに眠る長男の姿があった。

母はふふ、と笑って二人を離す。そうしてそれぞれの額にキスを落とすと、「おやすみ。可愛い子供たち」と優しく囁いた。





END

2015.11.19

       back              top